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September 29, 2005

9月26日 ホロスコープ感覚

雑誌「フラウ」8月5日鏡デラックス号で募集した
「特別鑑定」、抽選のほうなんですがやっとハガキの集計がおわり
抽選も終えました。お待たせしていてすみません。

なにしろ、冗談じゃなく何千通もハガキがきていて
(通常の懸賞の十数倍の数なんですって)さらに
フラウ自体もほぼ完売という状況。ご報告が遅れました。
みなさん、本当にありがとう。

で、今日はじっくりと当選した方のホロスコープを読んでいました。
実際の内容は、個人情報にあたりますから当選した方だけの
お楽しみ、なのですが久しぶりにじっくりと
個人のチャートに向き合っているとさまざまなイメージが次々にわいてくるのがわかります。

これはけして「勝手な妄想」というものではないような気がするのです。モードに入ると、チャートが一種のリアリテイをもって語りかけてきます。勝手にいろいろなこじつけをしようとしてもだめで、むしろチャートがある種の生命力というか実在感というかモノが自律性をもって語りかけてくる。

かといってこれは守護霊が語っている、というような、いわゆる霊感とは違う。ある程度のルールをもってチャートの連鎖をおっていくのだけれどもそこから浮かぶ神話的なイメージは何か実在性、自律性をもっている、ということなんです。

ちょうど小説を書いていたらそのキャラクターが動き出すということでしょうか。フィクションと実在の間。

実はここのところ、何名かの方と実際にお会いしてチャートと向き合ったりもしているのですが、こういうことが起こります。

この感覚はどういえばいいでしょうね。このモードに入って、うまくはまるときには、ほんの一言二言、抽象的なイメージを言葉にするだけで、自分のなかでも相手の中でも何かが動き出す。診断や結果を出したり予言をしたりすることなく、こころが動く。

そこで起こることはいわゆる「占い」とは違うものなのかもしれませんが。
まあ、僕は達人には程遠いから毎回毎回こんなことが起こるわけではありませんけれど。
これって、鍼の方が「今日はいい鍼が打てたーー」なんてつぶやくのと
似ている感覚なのかしらん。

この感覚をきちんと言語化して説明できれば、「占い」という営みを少しは解明することになるのではと思うのですけどね。

Posted by 鏡リュウジ  日記・コラム・つぶやき |