11月9日 キケロ『卜占論』
ほんと、原稿がせっぱつまっていて
遅れているものがあるのに、
今日は仕事以外でお出かけしてしまいました。
東京大学で一般も参加可能の
連続講座があったので、聴講させていただいたのです。
講演してくださったのはロンドン大学歴史学部の
ジョン・ノース教授。
今回のテーマは、共和制ローマにおける
卜占論についてでした。テキストとしてとりあげられたのは
キケロの『卜占論』。この本の存在は僕は知っていましたし
書庫にはラテン語と英語の対訳は眠っていたのですが
ぱらぱらとみていただけで、精読したことはなく、
今回はどんな中身か楽しみに参加してみました。
講義は英語でなされたのですが、幸いにも原稿を配布してくださったのであとからもじっくりと読むことができます。
キケロは二人のキャラクターを登場させて議論をさせます。
まずは占い肯定派の論者の意見を述べさせたあと、
それに徹底的に反論するマルクスという人物を登場させます。
有名な、占いの二つの分類、「自然的卜占」と「人工的卜占」の
区別は最初のパートにでてきます。
ノース教授の論を僕なりに聞くと、
ポイントは、保守主義者、伝統主義者と考えられがちなキケロが
実は「占い」批判をつうじて、ローマの宗教を改革しようとしたのではないか、という仮説です。つまり、占いと宗教を理念的に分離し、「占い」を排除することで社会性の高い宗教へと純化しようとしたのではないか、ということなのでした。
ここでいうローマ的な宗教とは、いまの政教分離以後の宗教とは違っていて、先祖伝来の(と考えられた)市民の社会参加としての公的な宗教のことだと思います。
しかし、キケロはそのスタイルにおいては占いにたいしての肯定・否定の判断は読者に任せる、という態度をとっており(論争のかたちですすめられるこの書はあきらかに
批判側の優勢が強調されているようですが)キケロの本意がどこにあったのか、
いまから2000年も前の人々のメンタリテイを推測することは困難なので、結論は出しがたいことはあるようですが。
しかし、いずれにしても、これにみられるように
占いにたいして賛成、反対という立場の論争は2000年前からあったわけで、当時の人々の宗教と占いについての概念を知ることは、今の僕たちの占いに対しての態度を考える上で大きな参考になることは間違いありません。
その講座の詳細はここにあげておきますね。
ご興味のある方はぜひ。
講義のおわりには日本語によるまとめの紹介もありました。
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/shiseigaku/ja/yotei/yo_051107.htm
とはいえ、原稿待っていてくださるみなさん、すみません、
今寝ないで書いていますから!
明日は(今日は、ですね)朝日カルチャーセンターで
自分が話す番です。
今回は100名近い参加があるそうですから(ありがたや)
がんばらなくては。
今回は惑星サイクルと人生のテーマ、とくにサターン・リターン以後に
焦点をあてます。キケロもこの話なら、納得してくれると思うけど、なんちてね。
Posted by 鏡リュウジ 日記・コラム・つぶやき | 固定リンク
















