11月11日 満員御礼
昨日は朝日カルチャーセンター新宿での講座でした。
おかげさまで、100名くらいきてくださって大教室は満杯。これまで
70名とか80名というのはあったのですが
参加人数としては自己新記録でしょうか。(って数の問題じゃないんだけど)。
次回のときにアンケートも返ってくると思いますので
感想が楽しみ。受講生の方は、寝ちゃうこともなく、
とても熱心に聴いてくださっていて感激しました。
あ、次回だけの参加もオーケーですからね。とくに占星術の予備知識は要りません。
今回は惑星サイクルと人生の節目のことについて
お話していますが、まあ、29歳のころ(サターン・リターン)だとか
35,6歳(土星・木星サイクル)とか38歳のとき(ノードの
サイクル)、42歳から5歳のとき(天王星と土星のサイクル)に節目がくる、などというのは考えてみればごくごく常識的なこと。とくに占星術のシンボリズムなど用いなくてもいいわけですし
なくてすむならそれでいい。
ただ、その節目の意味合いが、惑星サイクルとのシンクロという
「象徴的」なものを持ち出したときに、別の色合いをもって見え始める、というのが占星術の醍醐味なんですよねえ。
宗教学の泰斗ミルチャ・エリアーデはかつてこういっています。
「象徴というものは単に世界を<開く>ばかりではなく、宗教的人間に宇宙的なものへの接近を可能にする。象徴の助けを借りて人間はその個人的状況を去り、普遍妥当的、宇宙的なものへと<開放>される。」(『聖と俗』邦訳202ページ)
おおげさな言葉で語られていますが、要は個人の体験を宇宙的な文脈で捕らえなおす、ということ。
今、体験しているそのことは、キミだけの問題じゃないかもしれない。
それは意味があるよ、というメッセージ。
近代や科学の目からみると(エリアーデの用語で言えば「非宗教的人間」の視点)
これはナルシズム的関係妄想にすぎないかもしれません。
しかし、そうとわかりつつ、あえて、そうした感覚をときどき思い出すことは、大きな力を与えてくれると思うのです。
この「あえて」とか真剣なas if(かのように)の感覚が、現代において
占いや占星術を救い出すポイントになると思っています。
こんなことをいうと、亡くなった占星術の先達たちには
「臆病者」なんていわれてしまいそうですし、まあ、こんな難しい表現をしなくても、多くの占星術ファンはこうしたことを自然に身につけていると僕は感じています。
ところで、拙訳『サターン』(青土社)などを会場で販売しようと思ったら、品切れなんですね。ネットでは1万円近い高値で取引されていると知ってびっくり。本が売れないこの時代で在庫も断裁されてしまったのかと思ったら、ちょうど増刷中なんですって。ほっとしました。
地道に売れています。よかったです。
あとFRaU誌もすごく動きがいいそうです。
ほんとにみなさん、ありがとう!!
















