8月27日 冥王星問題、再び
冥王星の「降格」騒ぎも一段落。何度もいいますが
そもそも天文学上の「惑星」の定義と
占星術・伝統的天文学の上での「惑星」の定義は
別物です。
もし天文学上で「惑星」であることが占星術で使うための必要条件であるというのなら
本来地球の衛星である月や恒星である太陽を占星術で重視する理由もなくなってしまいます。
太陽も月も使わない占星術家が現れるなど、想像もできません・・・。
占星術というのはそれ自体が一種のユニークな解釈体系、宇宙観なのですから、まあ、いってみれば近代科学からみるとツッコミどころは満載なのですよね。
しかし、そのような「ツッコミどころ」というか破綻を露呈しつつも、占星術の生命力は衰えることがない。
文化の継続力のことを遺伝子になぞらえてドーキンス博士は「ミーム」と名づけましたが
占星術というミームの強度は相当なものでそのことが重要だと思います。
そのミームということからいっても、冥王星が惑星から小天体、矮星へと「降格」されたからといって冥王星を使わなくなる占星術家はほとんどいないのではないでしょうか。
もっともこれまでも占星術家のなかにはトランスサタニアンなど使わないという人もいたわけですし、ウラニアン天体などそもそも存在しない星を使っている人もいるわけで…。
いくつかのメデイアからの取材を受けましたが、なんとなく、占星術がかかえている整合性のなさに突っ込みをいれて揶揄したいという意図が見え隠れしているものもあり逆にこちら側も慎重さが必要だなあと感じました。
僕個人としては、占星術という狭い範囲を超えて、最近の天文学の知見がもたらすダイナミックな宇宙観が一人一人の人生観や世界観に与える影響のほうを重視したいと思っています。
だってそうでしょう?地球が中心にあってその真ん中に教会があって完全な秩序のある惑星軌道が神の定めたように回っている、という中世的な宇宙観は、無意識的なレベルで封建制度を支えてきました。
ガリレオが裁判にかけられ、無限宇宙論を唱えたジョルダーノ・ブルーノが火刑に処されたことはまさしく宇宙観と社会制度との間の強いつながりを示しています。
政教分離の現代ではそんなことは無縁、と思われるかもしれませんが、現代でも宇宙のイメージ、世界のイメージは人生を考える上でのルート・メタファーであることには変わりないわけで、ダイナミックな太陽系イメージが僕たちの人生観を深いところから揺り動かすことは十分にあると思います。
遠い太陽系のかなたから(エッジワース・カイパーベルト)ときおり、彗星や小天体が入り込んでくるという動的な世界。それと人生観が重なるとどんなイメージが生まれるのでしょうか。
ところで、太陽系を離れたところで、宇宙の質量のかなりの部分を占めるであろう、
「ダークマター」(暗黒物質)の存在が確かめられたかもしれない、というニュースも
ありました。こちらのほうが冥王星の定義問題なんかよりもずっとビッグニュースだと
思うんだけどなあ…。
さて、明日からアイルランド出張です。
世界の女神信仰者ネットワークの中心Fellowship of ISISや巨石遺跡など取材してきます。トランジットで英国にも降りますが英国占星術協会の年次大会にも出席する予定。
そのご報告もできると思いますので、また帰国後に。
それまでに連載原稿いれていかなくちゃ・・・。
Posted by 鏡リュウジ | 固定リンク




















