大阪の新阪急ホテルインターナショナルでのトークショー
そして京都での撮影を終えて東京に戻ってきました。
京都では真如堂、伏見稲荷を取材。
そのあと
連日打ち合わせと取材が続いていますが
そのなかでも小さな喜び。うれしい新刊との出会いです。
『本草家カルぺパー』ベンジャミン・ウリー著 高儀進訳 白水社。
ハーブやアロマセラピーと占星術の深い関係については
ほんの少しだけTV「ソロモン流」の中でもご紹介したんですが
思いがけず大きな反響があって、驚きました。
ハーブと占星術の関係など、占星術に関心があるなら
周知のことなのですが、まだまだ一般には知られていないのですね。
ハーバリズムと占星術との関係がピークに達するのは
17世紀に活躍した占星術家ニコラス・カルペパーの仕事においてであります。
幸い、カルペパー自身の著書は今でも復刻のかたちで
入手することができ、その一端はエピソード的なかたちで拙書『占星綺想』(青土社)に
おいてもご紹介しています。
ただ、当時の占星医学やハーブのことを知るには、ガレノスなど伝統西洋医学の
知識が必要ではあり、なかなか厄介。
またそれ以上に当時の医療をめぐる社会状況を押さえておかないと、技法の上だけで
「伝統」占星術や医学さえ復興させればよいという妙な教条主義に陥ることにもなってしまいます。
本書は市民革命を背景としながら、徐々に制度化されてゆく「内科医」組織が薬剤師や外科医を凌駕してゆく様子を克明に描く歴史読み物で、そのなかでの占星術の立ち位置を垣間見せてくれる貴重な作品。
カルペパーの生涯が詳しく紹介されるのはわが国においては当然、初めてのことでしょう。
実のところ、お恥ずかしながら原書のほうも僕は持っていなかったので、翻訳が出てはじめてこの本の存在を知りました。本当に最近忙しすぎて勉強できていないなあと反省。
原著者はエリザベス女王に使えた伝説の魔術師ジョン・デイーの評伝もものにした
ベストセラー作家。こっちはもちろん買っていて、ヒースローで買ってその帰りの飛行機のなかで
ぱらぱらと読んだ記憶があります。
(写真)ウリーの筆力には定評があり、もちろん、本書でも
面白くカルペパーの伝記的情報を組み込んでいます。日本語で読めるのは本当にありがたい。
ただ、少しばかり不満が残るのはウリー本人の占星術理解です。
同時代の占星術家リリーとの関係など貴重な情報を載せてくれているのですが全般に「科学」「占星術」を明瞭に分けて考えすぎている嫌いがあるように思うのです。
本書では、カルペパーは占星術を二次的なものとして考えていて、同時代の占星術家たちよりもずっと合理主義的、近代の医学的な思考に近かった、という評価を与えているように読めてしまうのですが、これは現代のモノサシで当時の人物を理解しようとする、アナクロニズムではないかと。
実際、カルペパーの症例を読んでみればわかりますが、彼が占星術をとらえていたことは
間違いありません。科学と占星術思想はこの時点ではそうきれいに分化できるはずもないのです。
ウリーは「デカンビチュア」と「ホラリー」を不思議なくらいに区別して考えているようですが僕には、この違いはさほど明確であるとは思えません。
デカンビチュアというのは、僕流に訳すると「臥床図」とでもなるのでしょうか、その人物が病気になって床に伏したとき、転じて病気になったときのチャートを指しています。このチャートからカルペパーは診断、治療法、今後の予測までできるといいます。ウリーはデカンビチュア図をつくるということはいかにして病気になったかということを聞くことであり、ただ質問されたときの星図を作ることではない、と考えているようなのですが…。なら、ホラリーは一般的な質問の状況を聞かないのか。
17世紀においてはリリーのごとく魔術的な要素を色濃く残した占星術家(現代のネオ伝統主義者はあまりそのことを強調しないようですが)とより機械論的な占星術家がいたことは知られています。この意味でも、思想史的な角度からもカルペパーの哲学をより克明に描き出してくれるとよかったと思うのは望みすぎでしょうか。
まあ、このあたりはカルペパーやリリーの著書に直接当たることができるので、僕たちは僕たちのスタンスでアプローチすればいいのでしょう。
しかし、普通に調べるとなかなか読み取れない、市民革命の時代のロンドンの雰囲気や
医学制度の成立事情など、読みやすくまとめてくれているこの本は本当に貴重。
頻出するハーブの名前を、和名でわざわざ訳している点でも雰囲気が高まっています。高望みをするならもともとの英語名も併記しておいていただけると実用的だったかもしれませんが、しかし、和名の響きの美しさも手伝って読み物としての本書の魅力を倍加させているのは間違いありません。
ぜひ、手にとっていただきたい本です。