12月12日 火のエレメントの理解
占星術の基本的な要素のなかで、案外理解されていないのは火のエレメントだと思う。
星占いファンなら、誰でも12の星座は火・地・風・水の4つのエレメントに分類されることは知っている。古代ギリシャの自然学にさかのぼる考え方によれば、この世界の森羅万象はさきの四大の混交、分離によって営まれている。中世からルネサンスにおいて西洋の医学を支配した体液ー体質論や現代のユング心理学における4つの性格分類にいたるまでこの思考は生き続けている。バシュラールの想像力論をここで思い出す人もいよう。
ただ、占星術のレベルで考えると、火のエレメントはきわめて単純な理解だけでとどまっているのが残念。
通俗的な星占いの本だと、火は「情熱的」で「衝動的」といったシンプルな解説で終わってしまっているからだ。
けれど、これではあまりにも皮相すぎる。
古い星占いの入門書をあけると、火のエレメントは「精神」を象徴するとある。たとえば昭和57年に出た、子供向けの占星術入門書『星占い ホロスコープ入門』(ルル・ラブア著)をみると「火は精神を表し、神聖なものの象徴です。物事を創造、破壊する力を表します」などとある。
情熱的で荒々しい火が高邁な精神に対応する、というのは普通に考えるとよくわからない。僕も子ども時代に占星術を学び始めたころにはまったくこの対応の意味が理解できなかった。
心理占星術では、火は直観機能に対応するとされているが、以前、生半可な占星術家が「火と直観が対応するのはおかしい。感情的な火の星座は感情タイプであるはずで、霊感に満ちた水の星座こそ直観なのだ」などといっているのを聞いたことがあるが、日本語の響きだけで考えるとこうした誤解も仕方ないかもしれない。
ユングの体系と占星術との対応については異論もあるだろうけれど(ロバート・ハンドのエッセイなど参照)ヨーロッパにおいての光や火のシンボリズムに想いをはせれば火と直観機能の働きの親和性についての理解への道が開けるはず。
火は四つのエレメントのうちでもっとも希薄、そして上位に位置づけられていた。
感覚的な物質世界から離れれば離れるほど、真理に近づけるというプラトン的な世界の理解がここでは重要になる。
そして、火はもっとも抽象的な、イデアの世界に近いものとして理解される。
火-光は、五感によってくもらされた感覚的世界を照らし出すものなのだ。
だからこそ、地ー物質ー肉体にたいして火ー精神ー直観という心理占星術的シンボリズムが生きてくる。ここでの直観はいわゆる心霊主義的な霊感とはまったく関係がない。
もっともっと抽象的な原理を理解する能力のことなのだ。
たとえば「線」とはなんだろうか。線とは長さはあっても幅はないもの、と定義されるわけだがこの感覚世界のなかには線など存在しない。目に見える線にはすべからく幅があるからだ。
線とはまったく抽象の世界にしかない。これは「直観」的に理解するほかはないとヨーロッパのプラトンの末裔たちはいうだろう。
これには「50パーセントわかった」とか「だいたいわかった」いう言い方はできない。また
五感の世界には線は存在しないのだから、経験をいくらつんでもムダ。
ある瞬間にぱっとわかる、これしかない。そう、突如、暗闇のなかに光が指すように。
ルネサンスのフィチーノはこういう。
「要するにこのように影響を受けた精神のなかで、いわば人間的愛のように徐々にではなく、突然に、真理の光がともるのである。しかし、いったいどこからであろうか。火花を放ちつつ飛び掛ってくる火、すなわち神からである。火花というのは、すなわちイデアのことであり、……そしてまたわれわれのうちに刻まれたイデアの刻印のことである」
(E.パノフスキー『イデア』伊藤博明ほか訳 平凡社ライブラリーから孫引き)
暗い世界をぱっと照らす光。これが火の要素のひとつの側面だ。
このようなイデアの刻印を「想起」することは限りない喜びであろうし、それがモチベーションにつながる。
とはいえ、この自然を構成する要素のひとつとしての火(水平的にイメージされた火)はあくまでも感覚世界のなかに存在している。ここでいっているのは垂直的にイメージされた場合のものだというべきかもしれないけれど。
こういうふうにイメージしてくると、火のエレメントのもつ奥深さ(というよりも崇高さ)が
見えてくるのではないだろうか。
こういうふうにイメージしたときに、あなたの隣の火のエレメントの生まれの人の行動はどんなふうに見えてくるだろう。
こんなふうに占星術のシンボリズムを考え直してみるのもまた楽しいかもしれない。
今日はひさびさに、心理占星術本来の手法で妄想を膨らませてみた。
Posted by 鏡リュウジ | 固定リンク
















