10月4日 ドーキンスに教えられること、考えさせられること①
今日はちょっとまじめに書きますね。
このところ自分の活動の宣伝ばっかりだったので。
とはいえ、時間もないので
またしても書き飛ばしだけど、お許しを。
さてさて、遅ればせながらリチャード・ドーキンスの話題の本、
『神は妄想である 宗教との決別』(早川書房)を
読み始めました。
いろんな意味ですごい本です。
とくに占星術や占いなんぞにかかわっているぼく(たち)に
とっては手ごわい、というか刺激的でキツイ本です。
ご存知だと思いますが、ドーキンスは英語圏では
もっとも読まれている科学啓蒙家の一人で、
その歯に衣着せぬ論述のスタイルで人気を博しています。
専門は、ダーウインの強い影響を受けた
進化生物学だといっていいでしょうか。
出世作はなんといっても
『利己的遺伝子』Selfish Geneですからね。
大雑把に言ってしまえば、生物のもつさまざまな
ビヘイヴィア(行動)やヒトがもつさまざまな情緒まで
遺伝子が自己複製を容易にする戦略の結果として
解釈することができ、この生態系の驚くべき多様性や複雑さは、
「遺伝子の乗り物」としての生物が適者生存の原理によって
自己複製を続け、漸進的な進化を重ねてきた結果として
生まれてきた結果なのだとドーキンスは考えます。
そこには伝統的な世界観(宗教や占星術がそこに含まれます)が
想定してきた、物理的存在に先行する
宇宙のグランドデザインという観念、造物主の存在、
あるいは宇宙の目的意思などは、わって入る余地などありません。
ユダヤ=キリスト教やイスラム教が強調する「歴史性」とは、
「神による歴史への介入」という考えと
不可分だといっていいと思いますが、
これなどはドーキンスがもっとも嫌うところでしょう。
誤解がないようにいっておきますが、ここでいう「進化」とは
成長とか成熟といったこととはまったく関係がありません。
勝つのは強者で進歩していることの証拠なのだから、
競争をすることはいいことだ、などといって
格差社会への流れを後押しするエセ社会的進化論者たちの
言説とも混同してはいけません。
ニューエイジャーや神智学的な思考をする人々が
しばしば「意識の進化」などといって、
愛に満ちた世界の実現は意識の進化によるといったりしますが、
これも、ドーキンス的にいえば言葉の誤用です。
進化の結果はいいものでも悪いものでもなく、
適者が生存して自己複製を重ねていく過程で発生する
変化の結果をドライに描写しているにすぎないのです。
そんなドーキンスは、科学啓蒙家としてたくさんの話題作を
世に問うていますが、当然、占星術もその槍玉にあがっています。
日本では占いをまともに批判する科学者や宗教家は
ほとんどいないのですが、欧米ではドーキンスなどは
「星占い師などは詐欺罪を適用して牢獄にいれてしまえ」といった
過激な言葉で占星術批判をしていることでも知られているのです。
日本ならこんな言葉を使ったら、ドーキンス本人が、
まあまあ、大人なんですから、と
逆に諭されてしまうかもしれませんけどね。
ドーキンスの占星術批判と、それにたいする占星術サイドからの
反論については、気鋭の占星術家による
こんなブログを見つけましたので
英語ができる方はこちらをごらんください。
http://apotelesmatics.com/2007/08/18/richard-dawkins-advocates-science-neglects-history/
もっともドーキンスは牡羊座生まれ。
好戦的で徹底したそのスタイルはいかにも牡羊座で、
批判されている側としてのぼくも、ホロスコープでは
牡羊座に月があるせいか、氏の文体はとても好きなんです(笑)。
あらら、あまりに長くなってしまったので続きはまた近々。
















