どうも、最近のぼくは
本を見つける才能が乏しくなっているようです。
忙しさにかまけてチェックを怠っているのでしょうね。
たとえば数日前に、待ち合わせには少し時間があるからと
渋谷のBUNKAMURAによったとき、
そのギャラリーブックショップで見つけたのがこの本。
G.トロッテン著 伊藤博明・星野徹訳
『ウェヌスの子どもたち 美術と占星術』ありな書房刊。
奥付をみるとなんと昨年、
07年の9月に刊行されているではありませんか。
刊行されてから数ヶ月もたっていたんですねえ。
もちろん、あわてて買い込み、
待ち合わせに遅れるのもかまわない!と
隣のドウ・マゴ・カフェでページを開き始めたのでした。
ありな書房は、図像学の重要な文献を
(おそらく採算度外視で)出版されている貴重な出版社です。
絵画を一種の図像のテキストとして解読してゆくという、その方法論を
ワールブルグは「イコノロジー」として言葉にしたわけですが、
そのときにワールブルグが最初にとりあげたのが
イタリアのフェラーラのスキファノイア宮での
巨大な暦絵でありました。
ワールブルグはそこに描かれていた占星術図像が、
エジプトーギリシャーインドーアラビアといった経路を迂回して
再びルネサンス時代に西ヨーロッパに
「再生」したことを示したのです。
これは1912年の講演において、とされていて
それはやはり、ありな書房から
伊藤博明先生の手で翻訳されています。
ワールブルグといえば、その財力を持って集められた
膨大な資料とそれを収めた図書館が有名で、
その資料と方法論を受け継ぐ研究者たちが次々に現れ、
『ワールブルグ学派』などと呼ばれるようになります。
そして、イコノロジーという言葉が最初に用いられたときに
占星術のシンボルが重要な役割を果たしたことから、
占星術や魔術、ヘルメス思想といった、
それまでただの歴史の傍注にすぎないと思われていた主題が、
美術史においてきわめて重要なものとなっていったわけです。
以後、ワールブルグの収集した図像や文献を用い、
その方法論の影響を受けた学者たちが次々に
ルネサンスの時代に花開いた、
いわゆる「オカルト」に注目を始めたのでした。
そして、当然、その流れは美術の枠内には収まらず、
ひろく History of Ideas と呼ぶべき
広い文脈で扱われるようになりました。
ワールブルグ派の仕事は、
ぼくたち占星術や魔術の愛好家にとっては
なくてはならない宝の山なのです。
そして、今回翻訳された「ウエヌスの子どもたち」も
そんな貴重な資料のひとつ。
この本は、名前のとおり、
「ウエヌス(ヴィーナス)の子供」について論じているものです。
ヴィーナス、ギリシャのアフロデイテの子供といえば
クピド(エロス)のことですから
キューピッドやエロスの図像学かとお思いかもしれませんが、
これは間違い。
ルネサンス以降、ヨーロッパではよく
「惑星の子供たち」というモチーフが描かれます。
余談になりますが、僕が始めて「惑星の子供たち」に
ついて知ったのは10代はじめのころだったと思うのですが、
結城モイラさんがお書きになったカード占い本でした。
惑星のイメージをカード化して占うというしくみのセットで
今でもこのセットはぼくの実家にあるはず。
メルヘンチックなイラストの占いカードが多い中、このセットでは
ドイツルネサンスのころの版画がそのまま用いられていて、
子供ながらに驚いたことをよく覚えています。
太陽・月・水星・金星・火星・木星・土星という7つの惑星を描く、
7枚の絵が複製されていたのです。
(たしか15世紀ドイツの「ハウスブーフの惑星の子供たち」
からのものだったのではないだろうか)
それぞれの惑星は人格化され、戦車(というか山車)にのり、
天空を進んでいきます。
惑星の神の眼下に広がる地上には
それぞれの惑星がつかさどる営み…
たとえば金星なら音楽だとか恋を語り合うこととか…
が描かれているわけです。
つまり「金星の子どもたち」といえば、
ウエヌスの性質を受け継ぎ、その営みに従事する人々、
ということにほかなりません。
トロッテンのこの本はいかにこうした絵画が生まれ、発展してきたかを
実に豊富な資料を使って解き明かそうとしています。
10代のころに胸をときめかせて眺めていた、あの謎めいた
図版にたいしての学問的な解釈が1995年にフランスで刊行され、
それからまた12年(木星回帰!)して日本語になって
読めるということを考えると実に感慨深いものがあります。
とくに興味深いのは、
キリスト教という文脈のなかで
金星のもつ、その身体性、性的なイメージが
どのように扱われていったのか、馴化されるのか、
あるいはキリスト教的アレゴリーとしてみなされるのか、
ないしはルネサンス的文脈のなかで
むしろ礼賛されることもあったのか、などなどです。
これは現代人が「愛」をどのように考えるか、
ということを課題にするときにも重要なヒントを
与えてくれるのではないでしょうか。
このタイプの本としてはザクスル、パノフスキーなどが
共著で著した『土星とメランコリー』が有名ですが、
土星の暗鬱なイメージと同様に、金星の楽しげで同時に
罪深い(金星は色欲の神でした)も重要であり、
こうした資料をおしげもなく紹介してくれる
こうした研究は、実にありがたいし、
興味のつきない話題を提供してくれているのです。
ラテン語もできない僕にしてみると、
原典研究などはとてもできないわけですが、
しかし、こうした資料からできるだけ学び、
そこからイメージを広げていくことができれば
いいなと思っています。
しかもこの翻訳は非常に読みやすく、
僕にすると何重にもありがたい本になっています。
また金星といえばロンドンのウオーバーグ研究所で研究された
森正樹さんの『偽ジョン・デイーの金星の小冊子』という
巨大な研究書もリーベル出版というところからでていて
すぐに買いました。
これについてはまた長くなりそうなので、こんどまた。
金星の神霊を呼び出すための魔術書の研究です。
こんなものが出る時代になったんですねえ。