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February 04, 2009

2月4日  モノはmana?

週末は雨の中、朝日カルチャーセンターでの講座のために京都へ。
雨の京都も美しいのですが、新たな発見がいくつも。

京都人といいながら大学に入ってすぐ東京に出てきたぼくは、
親と行った店以外はほとんど知りません。
今回たまたま一人だったので、単身、街をぶらついて
一人で食事ができそうなお店をさがしてみると、気になる看板が。

スペインバールがあるというではないですか。
うまいものを探す嗅覚だけは優れているぼく。
ピンときて地下の重い扉を開いてみると…渋いバースタイルのバール。
それも最近の立ち飲みブームにのって出来た、という
感じではない、いい意味でのひなびた感じ。
お、ここはいいぞ、と確信したわけですが
しかしこうなると、常連さんやシブイお客ばかり
なのではないかと、一瞬、緊張。
するとマスターが「こちらへ」と、ごく自然な笑顔で
カウンターのど真ん中へ案内してくれました。

さっそくカヴァ(スペインのスパークリングワイン)と
ミント・ラム、上州葱のローストを注文。
これがうまいの!
聞けばもう20年前からあるお店だということで、さすがでございます。

そのあと友人がやっているお店に寄ったため、
小一時間ほどしかいられなかったのが残念。

機会があればぜひみなさんも。
http://sesamo.okoshi-yasu.net/index.htm

あとから聞いてみると、有名な店なんですってね……。
その後、知人のバーで知り合った方とも
盛り上がってしまったのですが、それはまた別の話。

帰りの新幹線では、いつも楽しみにしている
車内詩「ウエッジ」を手に。
そのなかでは中西進先生
「日本文化はどう展開したか」第2回が非常に面白かった。
テーマは「もの」を信仰した縄文人、ということ。

このブログでも時々書いているように日本語のモノという言葉には
物質と魂の双方を包含するニュアンスがあり、
これは西洋的な二元論を超克するひとつの方向性を示している
のではないか、という指摘がさまざまな人々からなされています。
で、このモノ、という日本語の語源として
中西進さんはメラネシアにみられるマナ(mana)が
あるのではないか、という仮説を立てておられるのです。

マナといえば宗教人類学の入門で必ず並ぶ概念で、
メラネシアの人々が信仰した超自然的、非人格的なエネルギーのこと。
物体や人、土地などに宿ったり、転移したり、強くなったり
伝染したりする性質があるとされますが、
このマナという言葉が縄文時代に非常に発達したカヌー技術によって
遥かかなたの太平洋から渡来したのではないかというのです。

この仮説がどの程度信憑性があるのか、ぼくには判断する能力は
ありませんが個人的にはかなり納得できました。
というのは、以前、ポリネシアのタヒチを取材したとき、
現地の「マラエ」という古い祭祀施設の遺跡の多くが、
沖縄のウタキ(御獄)と雰囲気がそっくりだと感じたことがあるからです。
環太平洋文化圏と呼べるようなネットワークが
遥か古代にあったのではないか、というのはぼくの確信めいた直感です。

ところで、このモノをめぐる研究会が京都大学の
鎌田東二先生らを中心になって活動しているのですが、
僕もその末席に加わらせていただいています。

2月22日には公開シンポジウムがあります。
一般の方も参加できますのでぜひご参加ください。
ぼくは「ロマン主義と星の力」というお題をいただいております。

詳しくはこちら。
http://homepage2.nifty.com/mono-gaku/

帰りの新幹線の中からは、富士山がきれいに見えました。
090204

Posted by 鏡リュウジ  旅行・地域 |