5月29日 イギリスへ
いま 成田空港です!
これからイギリスへ。
久々にセミナーとオフをかねての旅なんです。
占星術研究者たちとゆっくりすごすつもり。
サイトを一緒にはじめた マギー・ハイドさんたちとドーバーのリゾートで語りあうのが楽しみ!
また あちらからも報告しますね!
いま 成田空港です!
これからイギリスへ。
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また あちらからも報告しますね!
すんごい本の翻訳が出ました。
ヨハネス・ケプラーの『宇宙の調和』岸本良彦訳・工作舎です。
ケプラーといえば、一般には「惑星運動の三法則」の発見者であり、近代科学を立ち上げた偉人ということになっています。
そして、ケプラーが明らかに占星術にコミットしていたことは隠せないために「天文学は賢い母、占星術は愚かな娘」などといった言葉が引用されて、ケプラーが占星術を不本意ながら実践していた、と喧伝もされています。
しかし、実際にはそのようなことはありませんでした。
宗教、天文学、占星術、数学、音楽、そうしたものが一体になって、美しいコスモロジーを作り上げていたのが、ガリレオやケプラーの時代であったのです。
今回、ラテン語から翻訳されたケプラーの名著『宇宙の調和』は、そのことを雄弁に物語っています。
科学史・文化史からのこの書の紹介は、例えば、科学史の大家である村上陽一郎先生の
書評などに任せることにしましょう。
http://mainichi.jp/enta/book/hondana/archive/news/2009/05/20090503ddm015070004000c.html
では占星術の視点からはどのようなことが言えるのか。
ちょっと専門的になりますが、興味ある方はここから先もお読みください。
まず、貴重なのはアスペクト理論です。
占星術マニアの間では、ケプラーが近代的な占星術のアスペクト理論の完成者であることだけは知られていますが、実際にはそれがどんなものであったか、知る人は少なかった。
いわゆるマイナーなアスペクトを発見した、ということだけが知られていたわけです。
それが今回、この原典訳で全貌を表わしました。これを読めば、ケプラーの独創の下には、プトレマイオスから多くのアラビアの占星術が存在しており、さらにそれをプラトン主義と接続させようとしていることがわかるでしょう。
ぼくも読破したわけでもなく、さらに完全に理解できる素養があるとは思えませんが、パラパラと読んで興奮というかドキドキとさせれたのは、ケプラーがいかにして天体がある美しい角度を互いにとったときに、地球にその影響が及ぶか、そのプロセスを説明しているくだりです。
ケプラーがピュタゴラス以来の「天球の音楽」というコンセプトに心酔していたのはご存じでしょう。
惑星はそれぞれ美しい比例関係の起動で公転しており、それが美しい和声(ハーモニー、つまり「調和」)を奏でている、という伝統的な考え方です。
ケプラーは天体がある一定の角度をとるときに地上には気象の変動や嵐が起こることを認めていました。
では、どのようにして美しい調和をとった天体が地球に影響を与えるのか。
ケプラーはいいます。
「有効性は、形式的には理論上の存在である星位に帰される。しかし有効性は……星位をとる惑星から直接に事物に下ってくるわけではない。……星位というのは関係のとる特定の性質で、身体の感覚ではなく、論証なしに直感から推理できる精神の性質を動かす。つまり星位のこの作用は、固有の力によるのではなく、精神の力による。このとき、精神が働きを受け取るというが、実際にはむしろ精神が自らに働きかけを行う。精神つまり月下の自然は、こういうかたちで星位によって動かされ、もしくは刺激されて、自身のことを想起し、自ら奮起して地球の内奥からあらゆる種類の気象の素材を引き出す。地球に月下の自然と呼ばれる精神がなかったら、惑星は、それ自体としても適切な星位によっても、地球に対してどんな作用も及ぼせなかっただろう」(336ページ)
ご存じのように、アリストテレス以来、宇宙は月よりも下の世界とその上の世界では全く別な存在としてとらえられ、月よりも上の世界のほうに永遠性や完全性が存在しているとされていました。そして、下位の月下の世界は上位の世界に従う、ということなのですがケプラーによると、月下の世界の自然そのものが宇宙の精神(アニマ・ムンデイ)と同じようにひとつの精神であり、ちょうど色彩を視覚が、音を聴覚がとらえるように、精神の原理である数学的比例を地球の精神が直感的に感知し、自らを動かすというのです。
なんというプラトニズム。
宇宙の精神と地球の精神が、星の数学的配置を通じて呼応しあい、直接的な、物理的影響を抜きにして感応しあうというのですから。
ケプラーは、この地球の精神についてさらにこのように説明を続けます。
「地球の精神にはいわば素材、質料となるものがあるとしてよい。この質料に形相として、円と円のあらゆる比のイデア、精神が統御すべき感覚的な地球の体のイデア、さらに地球がその体を置くことになった宇宙全体のイデアと一緒に、神の相貌が刻み込まれている。……そこで地球の精神のなかで、知覚しうる獣帯の円と天空全体の表象が天地間の事物の感応の絆として輝きだす」(380ページ)
むずかしい説明ですが、ぼくの理解はこうです。
地球の自然も壱個の精神であり、精神には神が定めた調和的なコスモスのイデアが存在している。
天空でそのイデアと呼応する惑星の配置(つまり数学的イデア)が形成されると地球の魂はそれを直感的に想起して、自らを動かすのだ、ということ。
この考え方は、400年以上のちのユングの元型論やシンクロニシテイ論へと流れ込んでいくものですね。
近代人が失ってしまった、緊密で、ある種色っぽい天と地の響きあいをこのなかに感じます。
そしてそれは、確実にぼくたちの占星術のなかで生きているのです。
ずいぶん長くなってしまいましたが、こんな本の翻訳が出たことは喜ばしいかぎり。
お値段も高いし、ベッドタイムに読む、というお手軽なものではないとは思いますが図書館に注文、ということでいかがでしょうか。
Posted by 鏡リュウジ | 固定リンク
作家の角田光代さんと出させていただいた
『12星座の恋物語』が文庫化されました。
新潮文庫の1冊になります。
12星座のひとつひとつをとりあげて
その星座生れの女の子、男の子を
主人公にした短編小説を角田さんが書いてくださったもの。
そしてそれぞれの物語に、僕(鏡)が解説を書かせていただきました。
単行本のときにも好評だったのですが
今回、手に取りやすい文庫にしていただきました。
表紙もとってもかわいいイラスト。
とてもうれしいです。
改めて読み返してみると、角田さんの筆力はもちろんのこと、
星座に対する愛情を感じて占星術好きとしては
本当にうれしくなります。
『星のワークブック』でも角田さんとはご一緒していますし
プライベートでもときどきご一緒していますが
最近、角田さん、またキュートになってこられているんだよなあ。
あと何日かで書店に並ぶと思いますので、
ぜひぜひチェックしてくださいね。
Posted by 鏡リュウジ | 固定リンク
博覧強記で知られる荒俣宏さんを囲んで四時間にわたる座談会。
TBSのネットテレビの収録です。
TBS VISIONの本間さんの発案で最近出ている
ニューエイジ、オカルト、スピリチュアル雑誌を一同に並べ、
取り上げられているトピックから
それぞれの話を広げてゆくという、濃い趣向。
参加者は本間さん、荒俣宏さん、女優の吉野紗香さんと僕、鏡の四名です。
テーブルの上にずらっと並べられた、アヤシイ雑誌を眺めると
もう圧巻、というか異様な雰囲気。
そのなかから、UFO,占い、風水などなどをとりあげて
縦横に話を広げていきました。
思い起こせば、僕がこうしたアヤシイ世界に深入りするようになった大きなきっかけとして、高校一年生のときに平川出版から出た、荒俣宏編の『世界神秘学事典』の影響も大きいのです。
その巻末につけられた参考文献リストを頼りに
手当たり次第に文献に当たっていったのでした。
本間さんは、97年ごろにノストラダムスを取材した
テレビ紀行番組「神々の詩」でお世話になって依頼のお付き合い。
そうした方々とご一緒できるのは、本当に冥利につきます。
吉野さんもとてもキュートな方。
女優さんなのに気取ったところが全くない、本当にチャーミングな方でした。
放映が決まったらまたお伝えしますね。
ところで荒俣先生は、
「かつてはこうした世界へ参入するには色々障壁があって、
払わなければならない犠牲も大きかったのに
今はみんなこうやって商品化されていてすっといけちゃうんだなあ」といった
ことを複雑な面持ちで語られていましたが、本当にそう。
だからこそ、考えなければならないことも多いのだと思います。
その後、マドモアゼル愛先生、森村あこ先生たちと
そしてコンテンツ制作でお世話になっていたSさんの
独立を祝って、青山の和食店に。
愛先生とも本当に長いおつきあいでかわいがっていただいています。
最近の政治や経済の話をいろいろ伺いました。
あこ先生もいつもどおりの華麗なファッションで登場。
でも、実はアロマセラピストとしても英国の資格をもつ、勉強熱心な方です。
今度はもっと石やハーブの話など語り合いたい。
このメンバーで、占い界のきしかたなどいろいろ深く話ができました。
こうした会食は一見、無駄なようで、みなさんにお届けしているサイト
(鏡リュウジ☆恋占術、月占術だとかソウルフルタロットだとか)に
反映されていっています。
ぜひぜひ、こちらもチェックしていてくださいね。
占い師ユニットくんとの出会いの興奮の余韻をひきずったまま、
今度はぼくの憧れの(若者なら「リスペクト」っていうんでしょ?)
先生方と夢の鼎談。
鶴岡先生の最近のご著書、『阿修羅のジュエリー』を題材にお話をさせていただきました。
現在、東京にやってきている阿修羅はユーラシア大陸を結ぶ、東西文化の融合が生み出した壮麗な文化遺産として見る必要があります。
かねてから僕もいっていますが、奈良や京都は「日本」文化の象徴などといったちっぽけなものではありません。
それはヘレニズム文化の夢の結晶であり、東と西の偉大な文化のアマルガムでもあるのです。
鶴岡先生のご著書にはわかりやすくそのことが語られています。
また中沢先生は、人類学者としてさらにその射程を広がられ、ロシアとインドを結ぶ回路、さらに北米インデイアンの文化の神話と阿修羅の履物との象徴的なつながりを指摘されました。
さて、僕に与えられたお題は阿修羅とつなげての「星と宝石」でした。
そこから浮かび上がる重要なテーマは二つ。
東西文化のアマルガムとしての宝石占星術。これは歴史的、空間的な系譜と広がりの広大さです。
そしてもう一つは星と石のもつ元型的な同一性。こちらは「魂のなかのイメージのつながり」。
詳しくはお話できませんが、面白いところでその双方を象徴する伝説をとっかかりとしてご紹介しました。
それは「アレクサンドロスの物語」。ヘレニズムの大帝国を築き東西の行路を一気に開いたアレクサンダー大王をめぐるフィクショナルな伝記、伝説が紀元前3世紀ごろからたくさん語られ、翻訳されています。
そのなかの一つの逸話に、アレクサンダーの母親がエジプトの占星術家ネクタネボにホロスコープ作成を依頼するというものがあるのです。
占星術家は、外套から豪華な板を取り出してきます。
黄金、象牙、黒檀、銀でできたその板には12の星座宮や36のデカンを基にしたブランクチャートが描かれていました。
さらに、占星術家にして呪術師ネクタネボは象牙の宝石箱を取り出し、そこから8つの宝石を手に取りました。
それは7つの惑星とアセンダントを象徴するものでした。
底本によって若干の異同はあるものの、クリスタルは太陽、ダイヤは月、火星はヘマタイト、エメラルドは水星、サファイアは金星・・・などという対応です。
そして占星術家は、アレクサンダーの母とその夫の星の配置をこの宝石で板の上に再現し、この二人の間には神のような子供が生れると予言するのです。
宝石細工のホロスコープ!なんと壮麗なイメージでしょう。
歴史的な考証をすれば、もちろん、これは後代のフィクションであり、
アレクサンダーが生れる時代にはこのような
占星術が存在していた可能性は低いわけですが
人びとのイメージのなかで、アレクサンダーというオリエントへの道を開いた英雄の誕生に、やはりオリエントからのきらびやかな光の象徴であった宝石がおりなすホロスコープが存在していた、とまことしやかに語られているというのは実に象徴的。
いま、流行している一見たわいない「パワーストーン」ブームのはるかな水脈は、こんな文化の交差路のなかにはじまっているのです。
ごく最近、
「こんなサイトみつけた!」と知人から教えられたのがこちら。
http://ameblo.jp/notforsale-blog/
20代の男子で構成される「ストリート占い師ユニット」。
その名も「NOT FOR SALE」。
NOT FOR SALE→売らない→占い
……ここで固まること数十秒。
なんじゃそりゃ(!)しかも、歌まで出しているという……。
占星学ナメとんのか!
新手のナンパの手段くらいに使ってたら承知せんぞ、という気持ち半分、
時代も変わったなあ、自分ももはや「若手」とはいえないし
これ食っていくには後輩たちに支えてもらわないといかん、
という弱気な気持ち半分で雑誌MISTYにおぜん立てしていただき、座談会に参加してきました。
黒のテーマカラーで決めた彼らは、
雰囲気もごく普通のさわやかな若者たち。
以前は占い好きな男子といえば、まあ、ぼくも含めてオタク的なモテないオーラを出していると相場が決まっておりましたが(失礼!)、なんとまあ。
占いをするということに後ろめたさやコンプレックスがみじんもありません。
自分たちの知識量を披露することで相手を圧倒しようとしたり、肩ひじはることもなくごくごく自然体。
そこから話をしだしてみると、これが面白いやつらでした。
占いの世界とひょんなことからかかわったリーダーのJUNOさんは、どこか暗いイメージのあった占いをポップカルチャーのひとつとして表現できないかと考えて、今のようなスタイルを作り出したんだそう。
MCやVJもメンバーにはいて、クラブシーンのなかで占い的な要素を表現したり、クライアントを前に占う時も、同時に何人かでかけあい、即興的に言葉を紡ぎながらメッセージを届けていく、というスタイル。
こういうと、占いの知識は半端なんじゃないかと思われがちですが、初期のころの僕の本もきちんと読んでくれているし、ちゃんと勉強していることもよくわかりました。
あまりに楽しかったので、そのまま編集部スタッフも一緒に二次会へ。
第二部はさらにヒートアップ。
宮台真司さんや東浩紀さんの話になり、オタクカルチャーは日本のものとして海外にも発信されているのにこれだけマーケットがある占いが、そうしたものとして論じられないのはなぜか、といった想いがある、というJUNOさんの一言から、話は思いがけず、ギデンズを含めた社会学や思想といった方向へ。
この展開にはびっくりしました。日本の占いの業界の変遷などについても、語り合い朝3時まで。
まるで大学のゼミのような雰囲気で盛り上がってしまいました。
占い師が集まると細かく不毛な技法論や、下手をするとゴシップ、ときにはあまりにもニューエイジ的なフワフワした話だけに終止して発展性がないことが多いのですが、心地よく建設的な話に花が咲きました。
僕も先輩面できて、すごく気持ちよかった。オジサンの話を聞いてくれてありがとう。
(実は先日、某国立大学で宗教学を専攻したいという学生さんとお会いした折、あまりに何も知らないことに驚愕したことがあって、よけいに話が通じることに喜びを感じたんですね。)
なんだか時代は変わりました。
自分で気がついたんですが16歳のころに雑誌で書き始めてから、はや25年。
芸能界なら、大パーテイでもやるところです。笑。
こういう人たちが出てきたということで、僕はもっときちんとした大人の仕事をしなければいけないんだなあ、と感じています。
なお、この座談会は6月発売のMISTYに掲載されます。
要チェックです!
Posted by 鏡リュウジ 日記・コラム・つぶやき | 固定リンク
急なお誘いで長野県上高地にきています。
雑誌ウォモの企画で茂木健一郎さんと対談。
世界天文年にあわせて宇宙について語り合う という内容。
帝国ホテルのすばらしいホスピタリテイにあずかって一泊。
前日の鎌田先生との会では思いがけず神田祭の詰め所で
ひさびさに桐島ノエルちゃんと再開し、
またしても偶然居合わせたタロー デ パリの作者フィリップ氏と
出会ったこともあって深夜まで飲んでいたんですが、
日本アルプスの空気で一気にデトックス!
肝心の星は薄曇りであまり状態はよくなかったけれど、夜半には満天の星!
今日もすばらしい天気にめぐまれて山の霊気にひたされています。
幸福なひとときです。
さあ 仕事もがんばりますよ!
ご招待いただいて昨夜、
映画「天使と悪魔」のプレミア試写にいってきました!
トム・ハンクスやロン・ハワード監督をまじかで見れて興奮。
映画はもちろん、原作も大好きなんです。
ダン・ブラウンの作品は「ダヴィンチ・コード」も含めて
そのまま「ファクト」(事実)としては読めませんが
史実を取り込みながら歴史ミステリーを編み上げる作家としては、本当に最高。
今回はあのヴァチカンが危機に陥ります。
迫りくる秘密結社「イルミナテイ」の正体とは?
そしてついに科学と宗教の、数百年にわたる闘争に決着がつくのか?
二時間半、手に汗握る興奮が観客をつつみます。
原作を上手にカットして二時間ちょっとに収めたのはぼくは正解だと思います。
映画としては、「ダヴィンチ・コード」よりもこちらのほうがずっとわかりやすいし、興奮度も高い。お勧めです!
なお、このサイトをご覧になっている方向けのちょいと雑学。
以前も書きましたがこの作品のなかでイルミナテイの団員として描かれるガリレオは、占星術を実践してもいました。
このことについては以前のぼくの記事を参照してください。
また、前回大ヒットした「ダヴィンチ・コード」の種本である
「レンヌ・ル・シャトーの謎」(The Holy Blood The Holy Grail)の
共著者の一人、リチャード・リーは、現代の心理占星学の旗手であり、僕が翻訳して紹介した『サターン』『占星学』(いずれも青土社)の著者であるリズ・グリーンの兄だとの話(出所はWikipedia)。
そういえばリズにもノストラダムスをネタにした歴史小説の作品があります。
本当なら、すごい兄妹ですね。(こういう私的な話をするのはあまり趣味ではないのですけれど。)
いずれにせよ、こうしたエンターテイメントがきっかけで、アストロロジーや歴史の世界に関心が高まるとうれしいです。
連休も終わり、いかがお過ごしですか。
ブログの更新が遅れてすみません。
連休の間我が家では、毎晩のようにいろいろな友人が来てくれて、楽しい会食をしておりました。
我が家のある町はここ数年で更に人気が上昇、休日は観光客らしき人も増えて大混雑。
道を歩くのも一苦労。
もっとも、そんなにぎわいのある町のなかで、食材を買い求めにいくのも楽しいものではありますが。
故郷の京都の錦市場も、年末や休日は大混雑だったことも思い出しました。
けれど一方で、このインフルエンザ騒ぎ。
過剰に反応するのもどうかと思いますが、一方で、こんな密集のなかで強毒性のウイルスが蔓延したら本当に大変なことになるな、と実感もしました。
歴史を振り返ると、人類が定住、密集生活を始めてから疫病は繰り返し、大きな脅威となってきました。
人類史は疫病の戦いという側面をもっています。
しかし、その一方で、疫病が歴史の推進力となったという側面も無視できないのです。
たとえば、ここでジャレット・ダイヤモンドの名著『銃・病原菌・鉄』などで展開されている仮説を思い出される方も多いでしょう。
まず、先に高い人口密集(と同時に家畜との密集)生活をしていた文明は、つまり「先進」文明となる。しかし、人口の密集、家畜との共住は疫病の発生を招きやすい状況に置かれます。何度かの人口の激減もそのなかで経験したでしょう。
ただ、そうして何度も疫病の脅威にさらされてきたために「先進」文明に住む人々は多くの病原菌にたいして免疫をつけていく。
そこで、「先進」文明がほかの文明と交わったり侵略したときには、「後進」文明は先進文明から持ち込まれた病原菌にたいして免疫をもたず、大きな悲劇をもたらすことがある。
たとえばインカを侵略したピサロの軍隊は、同時に新しい疫病を新大陸にもたらし、その病原体が西洋人による虐殺をはるかに上回る数の人びとの命を奪ったであろう、そしてそのために圧倒的少数の西洋人が新大陸を制圧できた。
そのことが植民地を軸とした、西洋近代の帝国主義的なシステムができあがる契機になったかもしれない、というわけです。
それをすっかり反転させた物語がウエルズのSF『宇宙戦争』でした。
圧倒的な科学力をもつ火星人の地球侵略。人類はなすすべもない。
その火星人を追い返したのは、地球の病原体であった・・・火星人は地球の病原体に対して免疫をもっていなかった、といった話だったと思います。
少なくとも映画版ではそうでした。
原理的にいって、疫病の脅威の根絶はありえないと思います。
また、できたとしても、それが新たな危険を生む可能性もある。
天然痘の根絶は人類の輝かしい勝利ではありますが、一方で、もし、どこかに残っている天然痘の病原体がテロに利用されたら、今度はワクチンの備蓄もなく、免疫もない人ばかりなので、防ぎようがない、という話を聞いたこともあります。
こうしたことを考えてゆくと、ウイルスや病原体にたいしては一方的に善と悪との戦い、という見方をしていてはいけないのでしょう。
古い智慧に耳を傾けたうえで、新しい状況に対応するためのウイルスとの戦い、あるいはおつきあいのしかたは、今後の人類にとって大きな課題になるにちがいありません。
ちなみにインフルエンザは、占星術とも深いかかわりを持っています。
この言葉は、「星の影響力」という意味でした。
(嘘だと思うかたはインフルエンスという言葉を大きな辞書でひいてみてください。[占星]星の感応力、などという意味が出てくるはずです)
ウイルスが発見される以前には、一度に多くの人が病気になっていくのは星の力のせいだと考えられたのですね。
ノストラダムスをはじめとした占星術家の多くが医師であったことも、そのことと無関係ではないでしょう。
昔のやり方はもちろん、現代では通用しませんが、しかし、今一度、病と向き合い方を考えてもいいと思います。
もちろん、すべて自然のままに、などというわけではありません。
当然、手洗いやうがい、マスクの励行のほか、水や食料の備蓄なども今回のことに限らず必要ですよね。
パンデミックを防ぐにはあらゆる努力をすべきです。
正しい情報にきちんとアクセスして、冷静になったうえで、ぼくも気をつけていきたいと思います。
Posted by 鏡リュウジ 日記・コラム・つぶやき | 固定リンク