5月7日 インフルエンザ騒ぎ
連休も終わり、いかがお過ごしですか。
ブログの更新が遅れてすみません。
連休の間我が家では、毎晩のようにいろいろな友人が来てくれて、楽しい会食をしておりました。
我が家のある町はここ数年で更に人気が上昇、休日は観光客らしき人も増えて大混雑。
道を歩くのも一苦労。
もっとも、そんなにぎわいのある町のなかで、食材を買い求めにいくのも楽しいものではありますが。
故郷の京都の錦市場も、年末や休日は大混雑だったことも思い出しました。
けれど一方で、このインフルエンザ騒ぎ。
過剰に反応するのもどうかと思いますが、一方で、こんな密集のなかで強毒性のウイルスが蔓延したら本当に大変なことになるな、と実感もしました。
歴史を振り返ると、人類が定住、密集生活を始めてから疫病は繰り返し、大きな脅威となってきました。
人類史は疫病の戦いという側面をもっています。
しかし、その一方で、疫病が歴史の推進力となったという側面も無視できないのです。
たとえば、ここでジャレット・ダイヤモンドの名著『銃・病原菌・鉄』などで展開されている仮説を思い出される方も多いでしょう。
まず、先に高い人口密集(と同時に家畜との密集)生活をしていた文明は、つまり「先進」文明となる。しかし、人口の密集、家畜との共住は疫病の発生を招きやすい状況に置かれます。何度かの人口の激減もそのなかで経験したでしょう。
ただ、そうして何度も疫病の脅威にさらされてきたために「先進」文明に住む人々は多くの病原菌にたいして免疫をつけていく。
そこで、「先進」文明がほかの文明と交わったり侵略したときには、「後進」文明は先進文明から持ち込まれた病原菌にたいして免疫をもたず、大きな悲劇をもたらすことがある。
たとえばインカを侵略したピサロの軍隊は、同時に新しい疫病を新大陸にもたらし、その病原体が西洋人による虐殺をはるかに上回る数の人びとの命を奪ったであろう、そしてそのために圧倒的少数の西洋人が新大陸を制圧できた。
そのことが植民地を軸とした、西洋近代の帝国主義的なシステムができあがる契機になったかもしれない、というわけです。
それをすっかり反転させた物語がウエルズのSF『宇宙戦争』でした。
圧倒的な科学力をもつ火星人の地球侵略。人類はなすすべもない。
その火星人を追い返したのは、地球の病原体であった・・・火星人は地球の病原体に対して免疫をもっていなかった、といった話だったと思います。
少なくとも映画版ではそうでした。
原理的にいって、疫病の脅威の根絶はありえないと思います。
また、できたとしても、それが新たな危険を生む可能性もある。
天然痘の根絶は人類の輝かしい勝利ではありますが、一方で、もし、どこかに残っている天然痘の病原体がテロに利用されたら、今度はワクチンの備蓄もなく、免疫もない人ばかりなので、防ぎようがない、という話を聞いたこともあります。
こうしたことを考えてゆくと、ウイルスや病原体にたいしては一方的に善と悪との戦い、という見方をしていてはいけないのでしょう。
古い智慧に耳を傾けたうえで、新しい状況に対応するためのウイルスとの戦い、あるいはおつきあいのしかたは、今後の人類にとって大きな課題になるにちがいありません。
ちなみにインフルエンザは、占星術とも深いかかわりを持っています。
この言葉は、「星の影響力」という意味でした。
(嘘だと思うかたはインフルエンスという言葉を大きな辞書でひいてみてください。[占星]星の感応力、などという意味が出てくるはずです)
ウイルスが発見される以前には、一度に多くの人が病気になっていくのは星の力のせいだと考えられたのですね。
ノストラダムスをはじめとした占星術家の多くが医師であったことも、そのことと無関係ではないでしょう。
昔のやり方はもちろん、現代では通用しませんが、しかし、今一度、病と向き合い方を考えてもいいと思います。
もちろん、すべて自然のままに、などというわけではありません。
当然、手洗いやうがい、マスクの励行のほか、水や食料の備蓄なども今回のことに限らず必要ですよね。
パンデミックを防ぐにはあらゆる努力をすべきです。
正しい情報にきちんとアクセスして、冷静になったうえで、ぼくも気をつけていきたいと思います。
Posted by 鏡リュウジ 日記・コラム・つぶやき | 固定リンク
















