11月25日 英国大使公邸にて
半蔵門にある英国大使公邸にお邪魔しました。
英国の名窯、ロイヤル・クラウン・ダービーが日本で本格的に展開されるよう、日本法人を設立されたのです。
今日はその発表会。
縁あってお招きをいただきました。
ロイヤル・クラウン・ダービーはなんと18世紀半ばから続く陶磁器の会社で繊細で美しいデザインで知られています。
日本の伊万里の影響も強く、日本人にも愛されるデザイン。
とはいえ、その制作行程のすべてを英国本土内で行っているという、いまや貴重な職人魂の持主の窯でもあるのです。
発表会では、かのダリの絵を焼き付けた作品なども映像で見せていただきましたが、伝統と革新が共存しているのはいかにも英国らしい。
手に入れやすいペーパーウエイトなどもあるので、ぜひご覧になってみては。
秋の大使館、美しい風景とともに堪能してまいりました。
その一方、帰宅してから積読の資料をあさっていると出てきたのが、ジョージ・モッセの『フェルキッシュ革命』(柏書房)。
実はこれ、ひさびさにトランスパーソナル心理学・精神医学会で入江良平先生とお会いして、ユングの時代的背景として無視することのできない、「フェルキッシュ運動」のことをなどを話していたばかり。
リチャード・ノルという研究家がかつて『ユング・カルト』『ユングという名の神』(いずれも邦訳あり)という痛烈なユング批判の本を立て続けにだしたのですが、それはユングは自らをアーリア人の太陽神と同一視して、独自のカルトをつくりあげてしまっていた、そしてそれはナチズムにもつながるものだ、という分析だったのです。
そしてその背後には、フェルキッシュ(英語ではFolk)運動と呼ばれる、古代ゲルマンの純粋な魂に立ち返れ、という、強烈なロマン主義的な運動がありました。
現代のルーン文字の復活もそのひとつ。
19世紀末から20世紀への展開時期には、近代への反動として英国でも日本でもそうした民族主義的な運動がおこってきたわけですが、こと、ドイツではそれが過激なかたちをとっていたといえます。
ユング派の陣営からは、今回、ユングの変性意識の記録である『赤の書』を公開し、さらに未公開のものも含めて、最終的なユングの「全集」の刊行を企てている本当に博学なソヌ・シャムダサーニが「カルト・フィクション」という本で、ノルに反論しています。
その論旨はここでは述べる余裕はありませんが、ぼく自身の素朴な反論をするなら、たしかにそうした危険な新ロマン主義的、異教主義的な面がユングにはあったし、カルト化しやすい側面もあるけれど、ユングの場合には、そうした「純粋な魂」などというものはあくまでも「イメージ」であってけして完全には同一化できるものでもなく、また同一化してはならないものである、という慎重さがありました。
それは無意識を徹頭徹尾、意識化しきれるものではない、ということの認識であり(ここにカントの響きが聞こえます)さらには、生命力の源泉である無意識領域への憧憬と、簡単に明晰な意識に憑依してしまうほどの自律性を備えているデーモンのごときものだ、という恐れの共存こそがユングのスタンスを微妙なものにしているのです。
ま、魅惑と恐れのアンビバレント、といえば、それはまさにR.オットーのいう「聖なるもの」の定義そのまんまですけどね。
いずれにしても、『フェルキッシュ革命』はちゃんと読まなくっちゃというふうに思っています。
















